報春院に促され、濃姫は静かな面持ちになると、改めて胡蝶を見据えた。
『私がそなたを産んだ時、そなたを我が手元で育てるかか、様々な葛藤があったことは、無論 存じておるな?』
胡蝶は黙って頷く。
『周りの反対を押し切り、そなたを手元で育てると決めたのは、ひとえに私の我がからであった。
一度は尼寺に預けることも考えたが、やはり無理であった。母として、そなたの成長を誰よりも近くで見届けたかったのです』
『母上様…』
『その後も色々と思い悩むことはあったが、そなたを私の手元で育てることが出来て、心から良かったと思うておりまする。
私自身もそうじゃが、義母上様も、そして上様も、そなたが美しう、賢こう成長してゆく様を見届けることに、喜びすら感じていたのです』
胡蝶が隣に目を向けると、報春院もって頷いていた。
『されど、そのような中でも、私は常々こう思っていたのです。 “ いつか胡蝶を、鳥籠の如き生活から解放してやりたい ” 、
“ 必ずや、胡蝶に自由を与え、とき放ってやるのだ ” と。その願いは、そなたが成長するにつれて日増しに大きうなっていった…』https://debsy.e-monsite.com/blog/--11.html https://www.evernote.com/shard/s729/sh/a2743ecd-d5f3-2568-b5cc-72803f3e469e/YntCfaGhya7aeyVXEKvoO0Nv943-0bX_aT4ATnVp-PLltZkyIQa8ipBS6g https://blog.udn.com/79ce0388/181113630
『お濃殿は、自分たちが亡くなった後も、そなたが身を隠して生きていかねばならぬのをに思い、一計を案じられたのじゃ。
何せ戦乱の世。頼みの信忠殿とて、いつで倒れられてもおかしくはない。何とかそなたが自立出来る道を捜さねばとな』
報春院が静かに告げると、胡蝶は大体の事情が把握したように頷いて
『つまりは…この先、私が一人でも生きてゆけるようにする為に、母上様になれとの眼差しを濃姫に向けた。
『その通りじゃ。身体こともそうじゃが、ずっと城の中で暮らして来たそなたを、急に城外に出すのは危険極まりない。
…それに、欲を申せば、私としてはそなたをき身分のまま…、つまりは、織田家の人間として世を生き抜いて欲しいと思うておるのじゃ』
それは、今まで語ることのなかった濃姫の本音であった。
『そなたが困った時や、危険が迫った時。貴き身分の者ならば、その場をおさめることも、誰かしらの力を借りることも出来まする。
幸いにも、そなたと私の目鼻立ちは瓜二つじゃ。口元を隠し、声を出さねば、誰も別人が成り済ましているとは思いますまい』
『母上様…』
『そなたが私になれば、少なくとも暮らし向きのことで不自由することはない。いざとなれば、織田一門の情けも受けられよう』
濃姫の言葉に、報春院もうんうんと頷いて
『戸惑われる気持ちは分かる。 なれど胡蝶、物は考えようじゃ。そなたがお濃殿になれば、今よりも自由な暮らしが得られ、
輿に乗って外へ出ることも、…おお、そうじゃ。蘭丸殿とも、これまでのように隠れて合う必要もなくなるのですよ』
蘭丸の名を聞き、胡蝶の女心が揺れる。
『義母上様の申す通りじゃ。上様にお頼みすれば、蘭丸殿をそなたの御側付きにも出来よう。蘭丸殿もその方が心安いはずじゃ』
確かに、そうかも知れないと胡蝶は思った。
世に存在していないのも同然の今の立場のままよりも、確かな身分があった方が、蘭丸の負担も少ないはずだ。
しかし、この大胆な計画の中に、胡蝶にはどうしても腑に落ちない点があった。
『私が母上様になったら……母上様ご自身はどうなるのですか !?』
胡蝶が母親と成り代われば、この世に濃姫が二人存在することになってしまう。