上手くやりせたと、報春院は満ち足りたように微笑んだ。
「…時に、祖母上様」
「何です?」
「私のことは、どこまで皆様に伝わっているのでございましょう? 慈徳院殿は私が母上様ではない事に、お気付きではないご様子にございましたが」
胡蝶が訊くと、報春院は「ご案じあるな」と笑みを絶やさずに告げた。
「側室らは誰も、そなたが信長殿の嫡女じゃとは知らぬ。まことにお濃殿じゃと思うておりまする」
「では、慈徳院様が知っておられるのは “ 例の件 ” だけ?」
報春院は伏し目がちに頷いた。
「あの秘密を墓場まで持っていって下さるお方は、慈徳院殿だけであろうからな」
「……」https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270000/ https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/09/28/183636?_gl=1*1w8aumb*_gcl_au*MTY1Nzk5NjI1Ni4xNzI3NDMyMzI5 https://ameblo.jp/freelance12/entry-12869054274.html
「胡蝶、そなたも同じじゃ。そなたという密事を、命がけで守る者がいるからこそ、そなたは今 ここにいられるのです」
「祖母上様」
「そなたに、自身の生涯を譲られたお濃殿の為にも、 言動には気を付け、周囲に悟られぬように振る舞わねばなりませぬぞ」
報春院が厳しくも、どこか優しさを込めて告げると
「──分かっておりまする。母上様からした人生。決して粗略には致しませぬ」
胡蝶はな瞳で告げ、ゆったりと頭を垂れた。
素直な反応に、報春院は満足そうに頷くと
「では私は、御坊に此度の御礼を申し上げて参ります。──帰り仕度を済ませておいて下され」
古沍たちに申し渡して、早々に部屋を辞した。
古沍とお菜津が平伏してそれを見送り、引き上げる準備に取りかかり始めると、
かな暇が出来た胡蝶は、再び薄布で口元を隠して、に西の縁側へ出た。
縁の向こうには前栽があり、花壇に植えられたが、初夏の風に吹かれて小さくいていた。
胡蝶は慣れた様子で松葉杖を操り、を片足だけ履いて庭に下りると
「ほんに、やかなこと」
石楠花の花弁に触れながら、として微笑んだ。
そういえば、自分が暮らしていた安土城のあの隠し御殿の庭にも、季節の花々が咲いていた。
その中には石楠花もあったはずだ。
美しく咲いた花々と、初夏の日射し…。
それらを目にすると、胡蝶はどうしても思い出してしまう。
母・濃姫が、信長と共に京へと旅立った、その日の朝のことを──。
一年前の、五月二十九日。
この日 濃姫は、わざわざ報春院まで連れて胡蝶の部屋を訪ねていた。
濃姫は胡蝶と対座すると、室内の襖を全て閉め切って
『──そなたには、か受け入れ難い話やも知れぬが、覚悟してお聞きなされ』
と、どこか言いめるような語調で告げてきた。
胡蝶は、何やら不穏な空気を感じながらも
『…いったい…、どのような?』
と訊き返す。
濃姫は報春院と顔を見合わせると、深くひと息いた後、意を決したようにこう告げた。
『胡蝶。そなたにはこれより──この母として、織田信長の正室・濃として生きて欲しいのじゃ』
胡蝶は言葉が出なかった。
何と言われたのか、一瞬 理解が追い付かなかったのである。
胡蝶がようやく『…え?』という反応を見せると
『そなたに、この母の人生をみとして、私が京より戻って来るまでの数日間、そなたを御台御殿に置くことに致しまする』
『…母上様 ?!』
『安心せよ。奥には様もおりますし、この件はお菜津にもよくよく言い聞かせてあります故、そなたは──』
『お待ち下さいませ!』
胡蝶はせませぬ。何故にそのようなことを…。私が、母上になるなどと!』
動揺を隠し切れない胡蝶は、目を白黒させながら母と祖母の顔を交互に見やった。
『お濃殿、そなたの口からお話しなされ。そなたが決めたことじゃ』
『…はい』