「そなたたちも、早よう外へ逃げなさい」
背後の物陰に隠れていた齋と古沍に、優しく告げた。
「そんな!御台様を置いて逃げるような真似は、私には出来ませぬ!」
古沍は言うが、濃姫は「ならぬ」とする。
「私も主人として、そなたたちを危険に巻き込むような真似は出来ませぬ。これ以上 明智勢が攻め込まぬ内に、ここから逃げるのじゃ」
「しかし!」
古沍が食い下がろうとした時、「放てぇー!」という甲高い声が明智勢から上がった。
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同時に、ヒュンヒュンヒュン!と風を切るような音を立てながら、多くの火矢がち込まれ、
寺の屋根や、御殿内の床板や襖におびただしく突き刺さった。
火を消したくとも、既に半分近くに減ってしまった味方は、敵勢を抑えるのに必死でそれどころではない。
このままでは本能寺が火の海と化すのも時間の問題であった。
『 ……まさか、ここまで夢の御告げ通りになろうとは… 』
徐々に燃え広がってゆく炎を見つめながら、濃姫はとした表情を浮かべると
「 !? み、御台様、いったい何を」
驚く古沍の横で、濃姫は薙刀のを、長く美しい自身の黒髪に当てると、
それを背の中程で、バッサリと切り落としてしまった。
「み…御台様!」
「何をなされまする!?」
叫ぶ二人を尻目に、濃姫は足元に落ちた黒髪を手早くかき集めると
「古沍、そなたに頼みがあります。これを──このを、安土におる胡蝶の元へ届けておくれ」
と、髪の束を古沍の手に握らせた。
「御髪を、姫様に?」
「ああ。私の遺髪じゃと申して」
古沍は思わず目を見張った。
「御遺髪とは──では御台様は、もしや !?」
濃姫はこっくりと頷いて、髪を掴む古沍の手を、両手で包むように握り締めた。
「これが、私からそなたに下す最後のじゃ。母の遺髪を胡蝶に……娘の元へ届けておくれ」
「…御台様」
「頼みましたぞ」
相手の目をひたと見据えながら、濃姫はな面持ちで頷いた。
古沍はっていたが、近くで「ぐぁああ!」と声を上げて、味方がまた一人倒れたのを見て
「…承知つかまつりました。必ずやッ」
今は考えている場合ではないのだと、慌てて一礼を垂れた。
古沍が「ご武運を」と、今一度 頭を下げてから立ち去ると
「さぁ、そなたもじゃ」
濃姫は、齋の局をみた。
しかし齋の局は首を左右に振り
「私はここに。御台様と共におりまする」
強い眼光を向けながら言った。
「お忘れにございますか? 安土で行われたえの日に、私が御台様に申し上げたことを」
「……」
「 “ 御台様がへ参れば清洲へ、安土へ参れば安土へ。異国へ参るのでしたら、勿論そちらへも随行致します ” と」
「されど、今は事情が──」
「私が “ 最後まで、御台様のお側におりまする ” と申し上げた時、御台様は何と申されました?」
齋の局の問いに、濃姫は思わず眉間に皺を寄せ、口をつぐんだ。
それでも齋は追求をめない。
「御台様は、何と申されましたか?」
「……… “ 輿入れから三十年以上も付き合わせておいて、今さら付いて来るなとは申せぬ ” 」
「それだけですか?」
「… “ 約束ですよ ” 」
観念したように述べる濃姫を見て、齋はまるで勝利者のように微笑んだ。
「御台様が、このままへ参るお覚悟であるのならば、私も共に参りまする」
「齋─…」
このような状況にも関わらず、笑顔を絶やさずに言う齋の局が、濃姫の目にはしく映った。
自分も今、