「某の言葉が足らぬせいで、姫様に余計な不安を与えてしまい、まことに申し訳ない限りにございます」
頭を垂れる蘭丸に、胡蝶は瞬時に首を振り返す。
「いいえ、あなた様が詫びることではございませぬ。 思い違いをした私が悪いのですから」
そう言うなり、胡蝶は恥じ入ったように小さく笑った。
「ほんに情けないこと。 …今のままの私では、あなた様の許嫁として、不適格にございますね」
「不適格などと、何故に左様なことをせられまする !?」https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270001/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/7d8c9f1994c9431677f8cd3c4dd38489 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/09/27/190954?_gl=1*a9ctd2*_gcl_au*MTY1Nzk5NjI1Ni4xNzI3NDMyMzI5
「だって、夫となるあなた様のお心を信じることが出来なかったのですもの。……それに、私は…」
胡蝶の視線が、元より存在しない、自分の左腕や右脚に向いた。
すると蘭丸はめしい表情になって
「は、姫様のおのことを気に致してはいないと申し上げたはずです」
真っ直ぐに胡蝶の面差しを見つめた。
「生まれつきお身体が不自由なのは、致し方のなきこと。どうにもならぬことで、ご自身を不適格などと言うのはお止め下さいませ」
「……なれど、蘭丸様は、せめて私が普通の身体であれば良かったのにとは、お思い召されないのですか?」
「思いませぬ」
蘭丸はを入れずに告げた。
「恐れながら、姫様の申される普通とは何です? 両の手足があれば、それが普通なのですか?」
「だって、蘭丸様にも、父上にも母上にも……にはあるではありませぬか」
「ではで肩腕を失った武士や、生まれつき片目が見えないがいたら、その者たちは異常なのですか?
多くの人々が地に生える雑草を食するのが普通だと言い出したら、米や果実には目もくれず、姫様は雑草を口にするのですか?」
「…それは…」
「普通というのは、人がそのようにあろうとあえて近付けてゆくものであって、誰しもが初めから、他の人々と同じという訳ではないのですよ」
胡蝶の虚ろな瞳に、蘭丸の優しい微笑みが映る。
「姫様は、姫様のままで良いのです」
「──」
「某の命を救い、なであったこの心を解いて下されたのは、今の姫様なのですから」
慈愛に満ちた蘭丸の眼差しを受け、胡蝶の胸の中がじわりと熱くなった。
「…蘭丸様」
「もしも姫様がご不安ならば、某が姫様のもう片方の手足となり、お支えして参りましょう。
いずれになるなのであれば、某が夫として、姫様の助けになりとうございまする」
蘭丸の優しい言葉の数々が嬉しく、胡蝶はまた涙が出そうになった。
しかしそれをグッとえると
「それは──なりませぬ」
やおら胡蝶は、小さく首を左右に振った。
「…夫婦というものは、父上様や母上様のように、お互いがお互いを支え、助けうて参るものにございます。
ですから、あなた様お一人ではなりませぬ。私も、妻として蘭丸様のお力になりとう存じまする」
蘭丸はそれを聞いて、一瞬 驚いたように双眼を見開いていたが
「それは、確かに……。あはは、確かにそうでございますね」
十七歳の青年らしい、あどけない笑い声を響かせた。
いつもの真面目顔ではなく、素に戻ったような、その無邪気な笑い顔を目にして、
胡蝶の小さな胸に、熱を帯びた、キュッと締め付けられるような感覚が走った。なされました?」
「…い、いえ」
胡蝶は照れたようにくと、ややあってから鎌首をもたげ、再び天主閣を眺めた。
「──やはり、美しゅうございますね。今宵の父上様の御趣向は」
「──まことに」
それから数分して、湯呑みを乗せた盆を手に、お菜津が縁側へと戻って来た。
未だに重苦しい空気に包まれていたらどうしようか…。
お菜津は柱の影から恐る恐る庭先を覗いてみると、すぐにそれがであることが分かった。
胡蝶と蘭丸は、それこそ恋人同士のように寄り添い、仲睦まじげにい合いながら天主の灯り眺めている。
そんな二人の姿が、まるで光り輝く天の川を見つめる織姫と彦星のようで、
声をかけるのがわれるほど、実に美しいに仕上がっていた。
『 天の川をすのはお可哀想 』
お菜津はふふっと笑うと、湯呑みを縁側に置いて、そっと立ち去るのであった。