「ただ、一度あなた様と、お話しがしてみたかったのです」 「…某と?」 胡蝶は笑顔で頷くと、やおらその場に膝を折った。 「いつも側にお菜津がいたので、話を聞かれるのが恥ずかしゅうて、なかなかお声をかけることが出来ませなんだ。 今日はお菜津が出かけると聞いていたので、 “ 明日は蘭丸殿に声をかけてみよう ” と、昨夜からずっと考えていたのですよ」 童女のような可愛らしい声色で語る胡蝶を、蘭丸は意外そうな顔で見つめた。 「如何なされました?」 「……いえ。てっきり姫様は、某と距離を置きたいと思っているとばかり…」https://ameblo.jp/freelance12/entry-12869054857.html https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post507679391/ https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270002/「まぁ、何故ですか?」 「初めてここへ参った折に、姫様をひどく驚かせてしまいました故、某のことを、その──恐怖に思っているのではないかと」 それを聞いて、胡蝶はにこやかに笑うと、ふるふると首を横に振った。 「驚きは致しましたが、恐怖など飛んでもない。ろ興味が湧きました」 「興味?」 「私の部屋に参ったあのお方は、なんという御名で、どのような事情からここへ参ったのかと、一人で色々と考えていたのです」 「…左様に…ございますか」 警戒心などまるでない様子の胡蝶に、蘭丸は内心戸惑っていた。 彼女は、これまでに蘭丸が出会って来たたちとはまるので違うのだ。 無論 姫にもよるが、大抵は沈着冷静な淑女という雰囲気が強く、臣下に対する馴れ馴れしさなどはも出さなかった。 折によって顔を合わせたとしても、相手はチラリとこちらをするだけで、ほぼ無反応であったし、 中にはあからさまに嫌な顔をして、で自らの顔を隠す姫もいた。 今の胡蝶のように、目と鼻の先で、それも男性に対して親しげに声をかけて来るなど、蘭丸には信じ難いことであった。 閉鎖的な環境というものは、これほどまでに人から警戒心を奪ってしまうものなのか? いや、違う。 ろ、このような暮らしだからこそ、他人というものが異常に物珍しく、誰かと接することに貪欲になっているのかも知れない。 蘭丸が無言で自問自答していると 「……それで私は、あなた様のことを何とお呼びしたら良いのでしょう?」 ふいに胡蝶がねて来た。 蘭丸は何故そんなことを訊くのか分からず、首を傾げた。 すると胡蝶は少し照れたように 「仮にもになろうというのです。 …“ 蘭丸殿 ” ではにも他人行儀にございましょう?」 と、濃姫によく似た両眼をぱちくりさせながら言った。 蘭丸も思わず両眼を瞬く。 既に胡蝶が、自分たちは夫婦となる間柄だと認め、それに向けて事を進めようとしていることに驚いたのだ。 これは警戒心がないどころの話ではない。 「…お、恐れながら姫様っ」 蘭丸は素早くの姿勢を取ると 「姫様は、此度の件をお考えなのでございましょう? つまり──某が、姫様の伴侶となることについて」 絞り出すような声で訊ねた。 すると胡蝶はしそうに目を細めた。 「我が身のれ、幸せなことだと思うておりまする」 「……まことに、左様に思うておいでなのですか?」 「ええ。本来であれば、私は夫など持てるはずもない身の上だったのです。それがあなた様のおかげで、 私もどなたかに嫁ぐという、人並みの喜びにることが出来るのですから、これほど幸せなことはございませぬ」 胡蝶は口元に歓喜をませた。 「それに此度のことは、全て父上様のご決定にございます。故に、それに従う他に選択肢などございませぬ」 それはあなた様とて同様であろうと、胡蝶は微笑みながら言った。 「確かに、それはそうですが…」 事実なだけに、蘭丸も思わず言い淀んでしまう。 するとその刹那、まるで波が引くように胡蝶の顔から笑顔が消えた。 整った眉も悲しげに下がってゆく。 「…勿論、手前勝手なことを申しているのは、重々理解しておりまする。 私のせいで、あなた様が自由を失ってしまったことも」 「──」