黒駒に鞍や鐙を付け、真っ赤な三懸で飾り立ててやる。 ほかの馬の尾には縄を結んだ松明を括りつけた。 兼親の大太刀と自分の太刀を左腰に下げた。 重いうえに邪魔になるが、やむおえないだろう。 本来、弓や大太刀は使う直前まで自分の従者に持たせておくべきものだ。 隆家様のもとに姫を無事送り届けることが出来れば、その身分に戻れるだろう。 だが、友を見殺しにした男にその資格はない――わかってはいても未練を捨てきれず、その姿を想像してしまう自分がいた。 小さく頭を振った。 今、考えなければならないのは姫のことだ。 姫を無事、隆家様のもとに送り届けることだ。 八幡大菩薩の祀られた多祁理宮の神宮寺に向かって手を合わせた。https://ameblo.jp/freelance12/entry-12875399371.html https://debsy.e-monsite.com/blog/--17.html https://blog.udn.com/79ce0388/181348137 一日たりとも、休むことなく手を合わせてきたわしに、八幡大菩薩が機会を与えてくれたに違いない。 支度は万端だ。 イダテンからの合図があれば、いつでも出発はできる。 「黒駒です。名馬とまでは行きませぬが、なかなか丈夫で良い馬ですぞ」 右手で背中を撫でてやりながら、姫に声をかける。 「一度乗ってみたかったのです」 姫は、義久を仰ぎ見た。 「触っても良いですか?」 「黒駒も喜びましょう」 自分で掻けぬところがよいのです、このあたりを撫でてやりなされと鼻筋を指す。姫は、おずおずと近づき袖から手をのぞかせた。 ふんわりと甘い匂いが香る。 突破する策が見つかったこともあって気が高ぶっているのだろう。 いつも以上にすらすらと言葉がついて出る。 「腰につかまり、目をつぶっておりなされ。立ち塞がる敵は、黒駒と、この義久が蹴散らして見せましょう。姫様の縁組に差しつかえなきよう、その美しいお顔に傷ひとつつけず、無事、隆家様のもとまでお届けしますゆえ、ご安心召されよ」 大仰な義久の口上を、姫は微笑みで受け止めた。 「そのようなことを気にするような殿方の妻になるつもりはありません」 頬に傷がある自分を気遣っての言葉だろうか。 いや、この姫であれば、きっとそう考えるだろう。 姫らしい応じ方ではあったが、少々、寂しくはあった。 おどけた物言いであったとはいえ、義久が口にした、美しいという言葉に頬を染めてほしかったのだ。 ……では、なにが決めてなのです、という言葉を飲み込んだ。 詮無いことだ。 高貴な家に生まれた姫君は相手を選ぶことなどできない。 *谷底から吹き上がる風が、イダテンの髪を舞い上げた。 砦の真上まであと一息のところで動くのをやめた。 隠れていた月が姿を現したからだ。 巨大な砦が月の光を浴びて浮かびあがる。 谷底から向かいの崖までを覆い尽くす、その姿は何度見ても圧巻だ。 そこに至る道は、下流五町、上流二町が、ほぼ真っ直ぐに伸びていた。 ここに砦を築いた工匠の意図は一目で汲み取れた。 対岸が近いだけではない。 隆家の兵が馬木側から押し寄せて来ようとも、落ち延びようとする者があったとしても早々に見つけることができる。 下見や測量にもかなりの時をかけたに違いない。 わずか一日で、これだけのものを組み上げるその腕に敬意を抱いた。 それを実現させた国親の着想と力に驚き、あらゆる意味で侮れない男だということを肝に銘じた。 イダテンに戦の経験はない。 だが、規模は小さいものの砦をめぐる攻防を見たことはある。 落とされた砦跡を見て、待ち受ける側がどのような用意をするかということもいくらかは承知している。 書物にもいくつかの事例が記されていた。 砦は四層になっていた。 正しくは三層というべきだろう。 最上層に天井はない。