煙は、薬王寺の左右からも上がり始めた。
国親のことだ。この邸を襲う理由も用意しているだろう。
「いや、戦支度は侍どもにまかせ、姫を連れて逃げろ……もたもたしておると邸におるものは皆殺しにされるぞ」
三郎が声を張り上げる。
「馬鹿を言うな。われら武士は戦に加わらぬものを巻き添えにしたりはせぬ。戦とは……」
「邪魔者は、皆殺しにして口を封じるが一番早い」
「違う!」
三郎は血相を変えて詰め寄った。
「違うぞイダテン! 赤目が、宗我部国親が、いくら卑怯なやつでもおなごや童には手をださぬ……普段はともかく、戦場では正々堂々名乗りを上げ、兵としての誇りをかけて戦うのが武士というものじゃ」https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202411160002/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/cfb03f9cf6f6fe9e9b3affb43f9b3fdc https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/202309?_gl=1*1iyvbbt*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ.
「船越で、どのようなことがあったか聞いておらぬのか」
「違う! 取り囲まれた船越満仲様が、討たれるよりはと、郎党もろとも自害しただけじゃ……おまえは武士の矜持というものがわかっておらんのじゃ! おなごや童を殺して何の言い訳ができよう。いくらおまえでも、われらを侮辱することは許さんぞ」
わかっていないのは三郎のほうだ。
ありもせぬ武士の矜持とやらが大事と、誰も真実を教えてやらなんだのか。
おまえの父は、正々堂々、戦う機会など与えられなかったのだ。談合に応じた武士や郎党、家族も含めば七十人はいたという。
急襲を受け、皆殺しにされたのだ。
そして、火をかけられたのだ。
前日の夜、館の使いで外出し、命拾いをした下人が、イダテンの母に話したのだと、おばばから聞いた。
取り囲まれた館の最後を向かいにある山から、その一部始終を見ていたのだと。
それを知られれば間違いなく始末されるだろう。
下人は母から紹介状と銭を受け取り、泣きながら隣国の神社に向かったという。
館には下人の家族もいたのだ。
髪を束ねていた黒い布を一気に引き抜き、布の下に挟み込んでいた呪符を投げ捨てた。
封印を解かれた真紅の髪が意思を持っているかのように広がった。
みるまに力が湧きあがる。
国司のことよりもミコたちのほうが心配だったが、姫に約束した手前、薬王寺まで様子を見に行かなければならない。
「愚図愚図するな。おまえには守る者があるのであろう!」
不満げな三郎に言い捨て、走り出す。
身を軽くするために、ヨシが持たせてくれた塩と銭は袋ごと投げすてた。
*
イダテンの言い分には反発したが、武士の本分を口にしたにすぎない。
父は正々堂々戦う機会など与えられなかっただろう。
聞かされなくとも見当はつく。認めたくなかっただけだ。
イダテンの言うとおり、武士であるなら主人を守らねばならない。まずは、おじじ……忠信様に戦支度を進言せねばなるまい。
美夜殿の毒殺騒ぎで侍所に詰めているだろう。
邸に向かおうと南二の門に目をやると、おかあと一緒にいるはずのミコがでてきた。
三郎の姿を見つけると、堰を切ったように泣きながら抱きついてくる。
どうした、と尋ねても泣くばかりだ。
泣いておってもわからぬぞ、と言おうとして息を飲んだ。
姫様が可愛がっていた唐猫が毒殺されたと言っていたではないか。
毒は飲み食いするものに入れられる。
顔から血の気が引いていくのがわかった。
ようやくのことで口にした。
「おかあが、疑われておるのだな?」配下の者が、次々と侍所に駆け込んで来る。
誰もが、いらだちを隠しきれず怒りに満ちた表情を浮かべていた。
当たって欲しくなかった憶測が現実のものとなりつつある。
この二、三日、主人からこまごまとした用を山ほど言いつけられ走り回っていた。
いらぬ詮索はするなということだ。
それを諾々と受け入れてきたおのれのふがいなさに腹が立つ。
今日の朝早くにようやく、国親が開墾を考えているという地に足を運ぶことができた。
検討に値するような場所ではない。
明らかに呼び出すための口実だ。