• 「……何一人で格好付けようとしてんだよ

    「……何一人で格好付けようとしてんだよ。浪士組の話しはなァ、お前が持ち込まなくなって、誰かが持ってきた。伊東だって、お前のお陰で夢を見れたんだろ。それに、よく知らねえが坂本はいつだって狙われていた。……一体どうして、それがお前が諦める理由になる?」 「だって…………苦しいんだ。ずっと辛くて、重くて、どうしようもなくて……ッ!」 「それでも生きろ、生きてくれ……。無力だったあの頃のように、何か出来ることを探すんだ。お前のつらさは、俺も左之助も、皆で抱えてやる」  永倉の言葉のひとつひとつが、冷え切った心の温度を少しずつ上げていく。新撰組を出て行ったに、まだこれほどの情を掛けてくれるのか。椰子油生髮 「なあ……平助……。俺に、俺たちに……これ以上仲間を失う辛さを背負わせないでくれよ……」  それが誰を意味しているのか、藤堂には分かった。自分が江戸へ隊士徴募に出ている時に死んだ、兄のような存在のことだ。彼のことは誰もの痛みとなって色濃く残り続けている。 ──ああ、俺は大馬鹿者だ。  山南のことは、どんな形でも生きていて欲しいと願ったはずなのに。どうして試衛館の絆を信じられなかったのか。 「新八さん…………。おれ、おれ…………ッ」  どうして彼らとの友情にまで砂をかけるような真似をしようとしたのか。  ようやく瞳の奥に小さな焔を灯し始めた藤堂を見て、永倉は口角を上げる。 「…………平助。俺はな、今日は約束を果たしに来たんだ」 「約束……?」 「忘れたとは言わせねえ。お前が隊を出て行く前によ、左之助が言ったろ」  その言葉に、藤堂は桜が舞い散る日のことを思い出した。 『……もしそんな時が来たらよ、俺と新八でお前を逃がしてやる。だから何があっても生きろ……』 「それに、近藤さんもお前を逃したがっている。……これ、預かってきた」  永倉はそう言うと、懐から小さな包みを取り出し、藤堂の懐へねじ込む。  胸にずんとした重みに手を当てれば、それが金子であることが直ぐに分かった。  どれだけ偉くなろうとも、近藤勇の本質は変わらない。父のような温かさを持った男だと、藤堂は改めて実感して咽び泣いた。  いつの間にか、永倉は藤堂の上から退いていた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を何度も拭うその姿に笑うと、腕を引いて立たせる。 「……逃げろ、平助。またいつか、必ず逢おう。左之助にゃ俺から言っておく」 「…………うん。有難う。……ありがとッ、新八さん」 ──こんな裏切り者でも、生きろと言ってくれる人がいる。もう少し……、もう少しだけ俺の理想を叶えるために、頑張ってみたい。  死を覚悟してやって来たというのに、今は生きたいという気持ちが大きくなった。  藤堂は拾い上げた刀を手に、永倉へ背を向けて走り出す。縺れそうになりながらも、必死に駆けた。  目の前に広がる道は険しくとも、明るいものだと信じながら、ただただ友の思いに報いるために進む。  しかし、運命はそれを許さなかった。 背後に何らかの気配を感じた刹那の出来事だった。焼け付くような背の痛みと共に、視界に火花が散る。 「あッ────」  斬られた、と脳が理解する前に全身の力がみるみる抜けていく。  崩れ落ちそうになりながらも必死に踏ん張り、振り向いた反動で相手の膝を刀で薙いだ。すると、悲鳴と共に倒れ込む。それは見たことのない新顔だった。藤堂のことを知らぬのも無理は無い。  その姿を見ながら、脂と血の乗った刀を杖のように地面へ突き刺しながら、前へ前へと覚束無い足取りで進む。 ──まだ死ねない。新八さんや近藤さんの思いを無駄にする訳には……ッ。  気の遠くなるような痛みを堪えるように噛み締めた唇は切れて白くなっていた。斬られた背からは止めどなく血が流れ、まるで足跡のように血溜まりを作っていく。


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