• ポツリと呟いたその声色は

     ポツリと呟いたその声色は、まるで冬の海のように悲しげである。コホコホと咳を漏らせば、土方は筆を置いて振り返った。  ギロリと睨み付けるも、その瞳には心配の色が浮かんでいる。  それを悟った沖田は、土方が口を開くよりも先に言葉を続けた。 「ねえ、土方さん。何故、御陵衛士との交流は組長のみに留めておくんです?」 「それは……」  その問い掛けに、土方の脳裏には斎藤の姿が浮かぶ。これ以上、伊東に貴重な人材を引き抜かれるのはたまったもんじゃない。顯赫植髮 しかし、己の独断で危険な間者を引き受けてくれた同志が帰って来られないのも困るのだ。  もし新撰組を抜けて伊東の元へ駆け込もうとする者が居ても、あの変に真面目なところがある伊東の事だ。門前払いをするだろう。そうすれば、隊内の裏切り者を一掃することが出来る。  つまり土方は取り決めをこちらから守る気は無かった。ただ御陵衛士には守らせる気でいる。  それで恨まれたとしても別に構わないと思った。そうすることで新撰組をより強固に出来るなら何でも良かったのだ。 ──こればかりは総司にも言えねえよ。 「どうしても、だ。隊を抜けて伊東のところへ向かうやつがいれば、全員脱走として腹を詰めさせる。を持つ隊士なんざ要らねえだろう」  ふい、と視線を背けた。沖田はその横顔を見ながら、何かを察したようにそれ以上追求して来ない。  普段は能天気のくせに、こういう時ばかり察しが良いのが腹立つなと土方は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。 「……そんなことより、医者……行ってるんだろうな?俺との約束だろう」 「ええ、ちゃんと言い付けは守っていますよ。南部先生の診療所に、咳止めに良い飴屋さん。ふたつも通っています」  そう言えば、土方は何処か呆れた顔をする。後者はただ行きたいだけだろうと言わんばかりだ。 「それなら良い。俺ァ、仕事がある。さっさと出て行け」 「はいはい。分かりましたよ」  しっしっと犬を追い払うように手を振れば、沖田はくすくすと笑いながら出て行く。  きっちり閉められずに僅かに空いた隙間からは風が入った。  几帳面な土方はそれが気になり、立ち上がる。 「……ったく、総司め」  文句を言いながら障子を閉めようとすると、桜の花びらが舞い込んだ。それに気付き、そっと開け放てば廊下沿いにある満開の桜が視界に入った。  その瞬間、古今和歌集の一首が思い浮かぶ。  久方の 光のどけき 春の日に      しづ心なく 花の散るらむ  部屋に入ってきた花弁を摘み上げると、目を細めた。 ──伊東さんよ、俺に……新撰組に喧嘩売ったことを後悔する日が来るぜ。 組長である斎藤と藤堂が抜けた影響は大きく、その穴を埋めるべくして三番組と八番組はそれぞれ一番組と二番組が背負う形となることが、張り紙にて発表された。  それにはどうやら組移動の隊士の名前も書かれているようで、ざわめきが起こっている。桜司郎はそれを一人で見に来ていた。  そこにある名前を見て愕然とする。 「……嘘。何、これ」  書かれていたのは、"馬越三郎、五番組へ移動"の文字だった。つまり武田の組へ移動するということである。  あれほど言い寄られて嫌がっていた筈の武田の組へ移動など、嫌がらせの他なんでもないと、桜司郎は馬越を探しに向かった。  だが姿は何処にもなく、色々な隊士へ聞き込みを重ねる。 「馬越?あの色男の?そういや、壬生村の近くで見掛けたような……」


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