• やったらしいんえ。

    やったらしいんえ。伝染るからと会わして貰えへんかったし、正直記憶に無いんや」

     

    「労咳……?」

     

    「へえ。知らへん?肺の病どす。うちも詳しくは分からへんのやけどなぁ、最期はいて、血をぎょうさん吐いてしまうんやって。罹ったら治らへんのよ」

     

     

     病気か、顯赫植髮 と桜司郎は視線を彷徨わせた。斬った張ったの世界にいると、どうしても斬られて死ぬことに目が行きがちだが、それで亡くなることもあるのだろう。医学の知識が皆無であることに気付き、せめて手当くらいは誰かに教わろうかと考えた。

     

     花は桜司郎が持ってきた江戸の土産である、簪を髪に挿してどう?とニコニコ笑った。よく似合っていると伝えれば、花は嬉しそうに目を細める。その仕草がとても可愛いと思った。

     

     

    「桜花はんのお母はん、お父はんは?少しは記憶、戻らはったん?」

     

     花の問い掛けに、桜司郎は僅かに俯くと首を横に振る。そうなんやと花は眉を下げた。

     

    「ああ、そんな顔をしないで。手掛かりみたいなものが無い訳では無いの。だから、焦らずに行こうと思う」

     

     

     桜司郎はそう言うとニコリと笑う。花は何処か心配そうに彼女を見つめた。その脳裏には年回りの挨拶にて新撰組に入隊したと聞いた時の桜司郎が浮かぶ。

     

     祇園祭に行くと聞いた時以来の再会であり、何かあったのでは無いかと心配していた花に対して、桜司郎は『祇園祭……?私、そんなこと言ったかな』と首を傾げていた。それは嘘を吐いているのではなく、本当に知らないといった表情だったのだ。

    勿論、"想い人"の存在も桜司郎の中には残っていなかった。まるで端から存在しなかったようなそれに動揺したことを思い出す。

     

    "女子"を捨てたくなることがあったのか、記憶の忘却が進んでいるのか、何が起こっているのかは分からなかったが、それでも友として変わらずに接しようと思った。

     

     花は桜司郎の手をそっと握り、微笑む。

     

    「桜花はん……。うちはいつでも御味方やからね」

     

     そう言えば、桜司郎は嬉しそうに頷いた。 本願寺に向かう道中にて、桜司郎は先日に発表された新しい隊の編成について思い返していた。

     

    局長 近藤勇

    副長 土方歳三

    参謀 伊東甲子太郎

    一番組組長  沖田総司

    二番組組長  永倉新八

    三番組組長  斎藤一

    四番組組長  松原忠司

    五番組組長  武田観柳斎

    六番組組長  井上源三郎

    七番組組長  谷三十郎

    八番組組長  藤堂平助

    九番組組長  三木三郎

    十番組組長  原田左之助

     

     

     桜司郎はまた山野や馬越らと共に一番組の配属となる。永倉や藤堂が組長に復帰したことと、呼び方が組頭から組長になったこと、伊東の参謀就任が主たる変更点だろう。

     

     そして、あれから土方は一度も何も言って来なかった。隊の再編と聞いた時にはてっきり沖田から離されると思っていたが、変わらないと知った時には拍子抜けしたものだ。本当に胸の内に秘めておいてくれるつもりなのだろうか。

     

     

     ぼんやりと色々なことを考えながら歩いていると、気付けば雨はもう上がっていた。周りに傘を差している者はもう居ない。桜司郎は慌てて傘を畳んだ。

     本願寺の総門を潜ると、目の前から何処か気の抜けたような、松原がふらふらと俯きながら此方に向かって歩いてくる姿を発見する。

     

     

     昨夜、呑みに行こうと誘われたが、山野と稽古をする予定だからと断ったことを思い出した。結局一人で呑みに行ったのだろうかと考えつつ桜司郎は松原に近寄る。

     

     

    「忠さーん!今日非番?」

     

     

     その声に、松原は顔を上げた。その目元には隈を拵え、顔には影が浮かぶ。


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