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最悪の事態を想像してしまい,小さな体は震え上がった。
折角無事でいるのに自分を送り届ける道中で何かあってはいかん。
「こっ…ここまで来たら帰れますからっ!」 https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202312150000/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/639517b24360f88298b00b8317b09a88 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/12/15/195804?_gl=1*ohtwpg*_gcl_au*MTYyMjM0Mjc5LjE3MDExNzAxMjA.
咄嗟に桂の着物を掴んでその足を止めさせた。
「そうかい?じゃあ今日はここで。」
桂が素直に応じてくれた事にほっとして着物から手を離した。
「知らない人にはついて行かずに真っすぐ帰るんだよ?」
まさかそんな心配をされるとは。
「もう十八なんで流石にその辺は心得てます。桂さんこそ狩られないように気をつけて下さいね!」
こっちも心配してるんだぞと最後の言葉を強調した。
そして色々と有難うございましたと頭を下げてから甘味屋を目指して歩き始めた。
「そうか…十八か…。」
振り返らず真っすぐ歩いて行く背中を見送りながら,一人でくすりと笑みを零した。
『随分と大きな迷子がいたもんだ。』
三津が見えなくなってから桂も帰路についた。
「ただいま。」切なげな表情をそのままに上目遣いで二人の様子を見ていると,開いた口を手で押さえている。
何とか回避出来そうだと分かると心の中でほくそ笑んだ。
「そう言う事やから…。今日はよう動いて疲れたわ。もう寝るわ!」
目の前の夕餉は名残惜しいが仕方あるまい。
背に腹は代えられん。
これ以上食い下がられる前に逃げるとしよう。
『さらば私の夕餉たち…。』
野菜の煮物にお味噌汁。今日が食べ頃になっているだろう漬け物たちに別れを告げて,脱兎の如く二階へ駆け上がった。
「忘れてたな…背中の傷。」
功助は顎をさすりながら低い声で唸った。
三津には嫁にいって子供をもうけ,幸せになってもらいたい。
それが親代わりである二人のささやかな願いなのだが三津にはその気が全くない。
ないと言うよりなれないのか…。
それは背中に負った刀傷のせいに違いない,そう考えていた。
「あの若旦那やったら気にしはらんと思うけど…。」
またとない良い話にトキはどうしても諦めがつかない。
反対に功助は渋い顔をした。
「向こうの家柄が申し分ないだけ後々辛い思いをするのは三津や…。」
三津に逃げられた今,結論を出す事は出来ず二人は一つ空いた席を静かに見つめた。
『お腹空いた…。』
ちょっとでもあの空気を耐え抜いて夕餉にありつけば良かった。
部屋で仰向けになり天井と睨み合った。
まだ寝るにも早過ぎる。
おもむろに寝返りを打った時,胸元に何か当たった。
「あ…。」
桂から貰ったお礼の品を入れていたのを思い出した。
『何をくれはったんやろか。』
むくりと上体を起こして包みを取り出し,丁寧に包みを開くと,
「綺麗…。」
見るからに高価そうな,鮮やかな橙色の簪が姿を見せた。
こんな物をこんな自分が貰っていいのだろうか。
もし簪に相手を選ぶ権利があったなら自分の元へは来なかっただろうな。
『お見合いする時は綺麗に着飾ってこんな簪挿したりするんやろなぁ…。』
お洒落に疎い自分に似合う訳ないと自嘲気味に笑みを浮かべて,簪を包み直した。
「これは宝物。」
使うには勿体なさすぎると鏡台の小さな引出の中に大切にしまい込んだ。
そしてごろんと仰向けになった。
『あ~あ…。お腹空いた。』
何とか甘味屋まで辿り着いた三津を満面の笑みを浮かべたトキが出迎えた。
「お帰り。」
一家の主である功助までも,同じように満面の笑みで出迎えてくれた。
『何かある…。』
三津は何かを察知した。
根拠はない。あくまでも三津の勘が働いた。
「遅くなってごめんな。すぐ夕餉の支度するから!」
ここはひとまず逃げるべし。あたふたしながら台所へと転がり込んだ。
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殿たっての要請だ。我々の支援を惜しまぬと言ってくれていてな、軍資金と鉄砲に砲台まで頂戴する手筈となっている」
何と吹き込まれたのか、近藤は揺るがぬ目をしていた。戦場へ立てるのが嬉しいのか、将軍の役に立てるのが嬉しいのか、それとも──
「薩長を甲府で抑えたら、https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/11/29/181832?_gl=1*1wpxedz*_gcl_au*MTU2NTI2NzMwOC4xNzAxMTcwMDU2 https://ameblo.jp/freelance12/entry-12830629438.html https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post502263213// 甲府城を近藤さんにくれるんだと。信じられるか?農民の子が、いよいよ大名だぜ……」
土方ですら、熱に浮かされたように感慨深げに目を細めていた。
話しに矛盾は無い。それどころか、これまでの苦労が報われるような話しだった。まさに剣術で上り詰めてきた新撰組の集大成としては、喜ばしいものである。
幾多の苦労を共にして来たからか、山口からも警戒の色が薄れた。 その光景を見ながら、桜司郎は一人温度差を感じていた。新撰組の前身である浪士組の苦労も、その前の江戸での苦悩も知り得ない。
それ故か、もしくは幕府だけでなく長州や坂本の空気も吸ってきたからか。はたまた桜之丞という天才を内に秘めているからだろうか。
今の話しに違和感を抱いていた。
──あまりにも話しが出来すぎている。そもそも何故、縁の無い勝安房守が新撰組にそれほど良くしてくれようとしているの?伏見の戦の談合でも、新撰組は幕臣から冷ややかな目で見られていた筈。
それが手のひらを返したように、必要とされたのだ。しかも会津を通さずに、直接の依頼だと云う。
いくら報われた気持ちになっているからといって、あの土方がそれを可笑しいと思わないものか。それとも、勝という男は土方を言いくるめてしまうほどの逸物なのか。
「榊、どうした。さっきから静かだな」
そこへ永倉から声が掛かった。心の内を悟られぬように愛想笑いをすると、首を振る。
「いえ、何でもありません」
その脳裏には、豪快に笑う榎本の顔が浮かんだ。
──は、確か海軍副総裁になったと言っていた。何か知っているか聞いてみよう……。
「──そして、甲府には総司も連れていく」
近藤の宣言に、桜司郎は目を見開きながら顔を上げる。他の誰もが驚いていた。
「おいおい、総司は歩くのでやっとだろうが!」
「原田君。どうしても行くと聞かなくてな……。あれほどの武士が寝たきりを強いられるのも、いよいよ不憫に思えてならん……。存外、功を立てるやも知れんぞ」
それは、近藤なりに沖田のを考えて出した結論だった。例え、無理な行軍が死期を早めたとしても、彼の心に添いたいと考えたのだ。
無謀だと皆が思った。しかし、沖田の気持ちも分かるからこそ、否定をするものは居ない。
そうしてその会議は一方的な決定と共に閉じられた。 翌日、桜司郎は榎本が宿泊している宿を訪ねた。突然の来訪だったが、嫌な顔をひとつもせずに出迎えられる。
「よく来てくれたなァ、俺ァ嬉しいぜッ。そうだ、酒盛りでもしよう。兄と盃を交わすのが夢だったんだよ」
返事を待たずに、いそいそと榎本は酒と盃を用意した。その強引ながらも、嫌味のない人懐こさは坂本の姿とよく似て見える。
酒の力を借りた方が上手く聞き出せるかもしれないと、差し出された盃を受け取った。
「……で、どうしたんでい。何かあったんだろう?」
「──実は、」
酒が回っていくのを感じつつ、桜司郎はぽつりと先日のことを話す。榎本はふむふむと相槌を打ちながら、真剣に耳を傾けていた。
「…………成程……。甲陽鎮撫隊、ねェ……。そりゃあ胡散臭ェな。本当に城をくれる話しなのか?それ以前に兵は集められてんのか?」
「さあ……」
「抗戦派の会津や桑名の連中は、江戸から撤退し始めているって話しだぜ。
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それから一月ほどは存外穏やかに過ごすことが出来ていた。
稽古を重ね、沖田との時を大切にし、そしてとにかく己の足跡を探して街を歩いた。
あの地獄のような伏見の戦いが嘘のような日々だったが、https://blog.udn.com/79ce0388/180113269 https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202311290005/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/78d9e01a09a33265b75f6c9d7abb5a3b 偽りの平穏とはいつか崩れるものである。
「──豚一……いや、慶喜公が寛永寺に謹慎だと?」
十畳ほどの部屋に原田の怪訝そうな声が響いた。
新撰組は屯所を釜屋から、江戸城の近くにある鍛治橋門外の秋月邸へと移していた。中庭の苔の上には霜が降り、射し込む陽光に照らされて輝いている。
は、恭順の意を示すため……だと」
「恭順……ね」
土方の言葉を永倉は繰り返した。不快と不安が入り交じったような表情をしている。
それもそのはずで、総大将ともあろう立場の人間がさっさと大坂から退いた挙句に、膝元へ戻るなり薩長へ恭順すると言っているのだ。
早速不穏な空気が漂い始めるが、そこへ近藤のハキハキとした声が響く。
「皆、心配するな。まさか徳川が本気で恭順などするはずがない。謹慎とは単なる時間稼ぎであり、その隙に再起を図ろうとされておられるのだろう」
「……だが、現に大坂から逃げ果せているじゃねえか」
徳川の威光を信じて止まぬような振りを見せる近藤に対して、永倉はやや不満がありそうな様子だった。
そこへ土方が咳払いをする。
「……永倉の言わんとしていることもよく分かる。だが、お上も色々と考えているようだ。早速、俺たちにゃ出陣命令が下ったよ」
その言葉に、室内が僅かに色めき立った。この一ヶ月の間に聞こえてくるのは、幕府が及び腰になっている噂ばかりであった。
故に、戦と聞いて士気が上がらない訳がない。
そこへ黙って聞いていた桜司郎がスっと手を挙げた。
「戦場はどちらですか」
「甲府だ。俺たちはと名を改め、軍を進めることになる」「甲陽、鎮撫隊……?」
土方の言葉を、怪訝そうに繰り返す。
「そうだ」
「新撰組では駄目なのですか」
それを思ったのは桜司郎だけでは無かった。永倉や原田、山口も頷いている。以前の新遊撃隊のように無理やり改名させられるのではないかと、眉を寄せていた。
「行くのは俺たちだけじゃあェからな。それも一時的なものだと云うから、我慢してくれ」
つまりは烏合の衆で薩長を迎え撃たねばならないのか、と山口は胸の内で思った。けれども決して口には出さない。
「甲府……ということは、甲府城で西からやって来る薩長を迎撃するってことかい」
永倉の問い掛けに、近藤は大きく頷いた。どこか誇らしげに胸を張る。
「そうだとも。あすこはその昔、家康公の時代から江戸の西を守る拠点として重要だったのだぞ。……しかも、だ。我々が先行して城へ入り、薩長を打ち払って本陣とすれば、そこへ慶喜公がお入り頂ける算段となっている」
その言葉に、室内にどよめきが起こった。
「す、すげえッ!そりゃあ何としてでも甲府を抑えねえとだッ。なあ、新八!」
「ああ!」
純粋に瞳を輝かせて喜ぶのは原田である。そして意外にも、こういうことには冷静になる永倉も歓喜の色を浮かべていた。
だが、それとは反対に山口と桜司郎は浮かない表情となっている。
「……上様は、未だに上野へご謹慎遊ばせておるのだろう。真に甲府入りなどされるのか」
「無論だとも。現陸軍総裁であり、慶喜公からのご信任も厚い
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波を打つ音を聞きながら、近藤は空を見上げる。そこには満点の星が瞬いていた。
「局長……?」
やはり今日は様子がおかしい。https://lefuz.pixnet.net/blog/post/120983065 http://janessa.e-monsite.com/blog/--89.html https://www.evernote.com/shard/s330/sh/78e7d348-8625-8066-4184-cdb8aa7be576/RKX6zrF5LEryaXQtqqs8seqLuTgvRxcwVquztUmjXJUMImkVIsGdG98dTg
「……総司について松本法眼から聞いたか?」
その問いに、ドキリとした。もしや、先日の会話を聞いていたのだろうか。尾行されているとは感じなかったが、近藤のほどの剣客ともなれば気配を消すことは容易かもしれない。または近藤は近藤で聞いたのか。はたまた、カマをかけられているのか。
あれこれと思案を巡らせていると、額に薄らと汗が浮かぶ。しかしあまりにも抽象的な問い掛け故に、何を指しているかは分からない。
「沖田先生について、とは……?」
「そうか、何も聞いておらなんだか。……実はな、総司を医学所から別の場所へ移そうと思っている」
『そろそろ沖田君を他に移す話しも出ているんだが……』
その言葉に、松本のそれが重なった。
「べ、別の場所って何処ですか……?」
「本当は多摩か、総司の姉さんのところが良いのだろうが……迷惑を掛けたくないと頑なに嫌がってな。兼ねてから付き合いのある、植木屋のところへ頼むつもりだ」
植木屋、と桜司郎は独りごちる。意外なところだと思った。しかし、それは良いのかもしれない。まさか新撰組の一番組組長が、そのようなところで養生しているとはゆめゆめ思わないだろう。
いくら病人とはいえ、沖田を狙う者は多い。バレぬためにも、医学所のように出入りは叶わなくなる。となると、別れの時は近いのではないか。──仕方のないことなんだ。沖田先生には少しでも生きていて貰わなきゃ困る。会える時を大切にしないと……。
桜司郎は切なく顔を歪める。暗闇の中だったために、近藤にそれはバレなかった。
「お、沖田先生は……それを了承したのです?」
その問いに、近藤は否と首を振る。
「俺たちについて行きたいと言われたよ。……そう言われると、心苦しくなる。あいつには長く生きて欲しいと思う反面で、武士として死なせてやらねばと思う気持ちもあるんだ。俺たちが、総司の引き際を見誤ってるんじゃねえかね……」
それを聞くなり、桜司郎の中にはひとつの違和感が生まれた。
「……局長、もしかして先程の問いは……沖田先生の死に際を考えてのことですか」
「……ああ。そうだ」
穏やかな肯定を聞き、桜司郎は己を恥じた。すっかり近藤のことであると決め付けてしまっていたのだ。
恐らく、沖田の前で思い悩むような素振りをしたのも、他でもなく彼のためだからだろう。
「本当は、伏見の戦で死なせてやれれば良かったのかも知れない。俺が怪我なんぞしたものだから、大坂へ道連れにしてしまった」
それには肯定も否定も出来なかった。近藤の言う通りなら、井上の立場が沖田になった未来もあったのかもしれない。
それならば、沖田の武士としての面子も立ったのだろうか。
──いや、私がそれを嫌がるかもしれない。共に行くと言って困らせていただろう。
「……そうならなかったのは、沖田先生の運命です。局長のせいではありません」
「そうか。そう言ってくれるのか、君は。……優しいな」
フッと笑うと、近藤は桜司郎に向かい合うように立った。
「……どうも君を見ていると、昔に会った男を思い出す」
「昔に会った男、ですか」
「ああ。縁もゆかりも無かったのに、影で虐められていた総司を助けてくれた男がいてね。恥ずかしながら、それを機に俺はそのことに気が付いたんだ。……もしかすると、は総司を救うために現れたんじゃねえか……って今でも思うている」
ドキリと鼓動が一際高く脈を打ち、同時に左胸の痣が疼く。
──何だ、この感覚。思えば私の存在理由なんて一度も考えたことが無かった。
動揺を抑えるように、思わずそれへ手を当てた。桜司郎の瞳が揺れたのを近藤の双眸は捉えている。
「──なんてな、冗談だ。そのように険しい顔をせんでくれ。帰ろう」
にかりと歯を見せて笑うと、今度こそ釜屋へ向かって歩いていった。
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随分と単刀直入な問いだと松本は薄く笑う。立ち止まると、腕を組んで眉を寄せた。
桜司郎もそれに倣って足を止める。
風が吹けば、https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202311290004/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/95c9061eb5d4f2919aca033d438deb39 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2023/11/29/181654?_gl=1*fhditu*_gcl_au*MTU2NTI2NzMwOC4xNzAxMTcwMDU2 背の高い草が音を立てた。
「……少なくとも、春を越すことは出来ねえだろう。桜を見れたら上等だと思っている」
その言葉に、どきりと鼓動が鳴る。春と言えば、あと三月程度しかない。
──沖田先生が、居なくなってしまう……?
自分から聞いたことだと云うのに、息苦しくなった。大切な人が目の前から消えていくのは、何も初めてでは無い。それでも、胸の奥がざわついて仕方がなかった。
「一体どうして運命って奴ァ、良い人間ばかり攫っていこうとしちまうのかねェ。……何の慰めにもならねえが、今の世じゃどれだけの健康体であっても、鉛玉でお陀仏しちまうこともある。最後が分かっているだけ、やりようはあるんじゃねえのか」
その言葉は井上や山崎を連想させる。だが、戦場と床の上──どちらが死に場所として良いのかは分からなかった。
少なくとも沖田は前者を望むに違いない。そして周囲もそうさせてやりたいと思うだろう。
「やりよう……」
「そうだ。もっと静かな場所で療養させてやれば、春を越して初夏くらいは見せるかも知れねえ。そこにあんたが居れば尚更だ。……男ってのはな、惚れた女には格好付けたいものなのよ。どれだけ辛くとも、抗おうとするんだ」
それは僅かな希望に聞こえた。
しかしそれでも桜司郎の顔色は曇ったままである。
「……沖田先生は、きっと戦場でれることを望むと思います」
「沖田君なら……そうかもしれねえなァ。武士ってのは難儀な生き物だよ、本当に」
「…………そうですね……」 沖田の余命について聞いてから、桜司郎は毎日のように医学所へと通った。
負け戦に傾いている今、組長の立場である己が松本の言うように沖田の療養を支えることはならぬと分かっている。いつ戦へ駆り出されても可笑しくはない。ひょっとすると、沖田よりも先にあの世へ逝く可能性だってある。だからこそ、僅かな時だけでも共に居たいと思ったのだ。
そんなある日のことだった。いつもよりも半刻ほど遅く出たせいか、既に日は傾き始めていた。医学所から釜屋までは一刻はかかる。
着く頃には夜になっているだろう。
足早に向かおうとすると、背後から「おーい」と声を掛けられた。振り向けば、そこには近藤の姿がある。
「局長。如何されましたか」
「釜屋へ帰るのだろう?俺も一緒に行って良いだろうか」
その申し出に、桜司郎は目を丸くした。
「えっと、副長は──」
「歳の許可ならもう得た。君が伴ならば問題ないと」
「それなら駕籠を──」
「無用だ。たまには歩かねば、足腰が弱ってしまう。として、それは致命的だからなァ」
問い掛けに対し、近藤は既に用意してあったかのように間髪入れずに返答する。もはや否とは言わせないつもりなのか、支度も済んだ状態だった。
小姓の一人も付けず、桜司郎の伴だけで釜屋まで帰るのだという。
「分かりました……。もしお傷に障るようなら、途中で駕籠を呼びます。遠慮なく仰って下さい」
「うむ。有難う」
吹き付ける風は冷たいが、それよりもいつもと様子が違う近藤のことが気になって仕方が無かった。
『……近頃ね、近藤先生の様子が可笑しいと思うことがあるのです。溜め息を吐いたり、思い悩むような険しい表情をしたり……』
先日聞いた沖田の言葉も相俟って、余計な勘繰りをしてしまう。
ちらりと横目で見遣れば、江戸の街並みを懐かしむように目を細めている。
──思えば局長と二人で歩くなんて初めてかも知れない。何を話せば良いのか……。
そんな桜司郎の心情を察したかのように、近藤が口を開いた。
「……なあ、榊君。君はよくここまで着いてきてくれたなァ」
突拍子もない言葉に驚きつつ、どこか感傷を含んだそれに胸の奥がざわつく。
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